聖書が伝えるもの

 「目からうろこ」「豚に真珠」「狭き門」「スケープゴート」これらの言葉を時折耳にしますが、これらはみな聖書からの引用です。多くの日本人にとって、聖書はなじみのない外国の本というイメージが強いと思いますが、意外とそうでもないのです。また聖書はおよそ2000ページもあり、一度読んでもなかなか理解することが難しいかもしれませんが、伝えようとしていることはいたってシンプルです。神様があなたを愛していること、罪には必ずさばきがあること、神様はあなたのために救いを用意しておられること、などです。

 神様に愛されているといわれても、ピンとこないかもしれません。なぜなら私たちは、この目で見えないものを認識することが難しいからです。しかし生命について考えるだけでも、そこに神様の存在を認めないわけにはいきません。神様は愛をもって一つひとつ命を生かしてくださっているのです。

 今はコロナ渦にあって、私たちの身のまわりのことが自粛され、多くの人が先の見えない不安を抱えています。しかし、天気が悪くても、雲の上ではいつも太陽が輝いているように、神様の愛は決して無くなることがないのです。

 景気が悪くなると心のゆとりもなくなり、人の心も冷たくなりがちです。しかしそんな時にこそ、聖書の言葉に耳を傾けてほしいのです。

「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。愛は決して絶えることがありません。」    Ⅰコリント13章4-8節

 この「愛」のところにご自分の名前を入れて読み返してみてください。途中で嫌気がさすでしょう。しっくりする人などはひとりもいないはずです。しかし、唯一しっくりする方がおられるのです。神様であり、イエス・キリストです。この世の中がいくら変わろうとも、神様の愛だけは永遠に変わることがありません。その神様の愛がどれほど素晴らしいものであるか、知ってみたいと思いませんか?